病院から在宅へ 切れ目のない援助
切れ目のない支援を続ける医療チーム
皆が穏やかに暮らせる世の中を目指して
また1人、心に残る医療連携が実現しました!
94歳女性のシズさん(仮名)
高齢,老衰のため数年前から自力で動くことが難しくなっていました。
最近ではベッドからほとんど動かなくなり、ごはんの量も少なくなっていました。
子供、兄弟はだれもおらず、ただ1人、年老いた夫(92歳)が懸命に家でシズさんのケアを行なっていました。
これだけ聞いても、本当に大変な状況です。
介護者の旦那さん(92歳)には本当に頭の下がる思いです。
介護保険、訪問看護は利用されており、私も大変お世話になっている「いずみえん」さんがシズさんの看護をされていました。
ある冬の日の朝、シズさんはとうとう、お食事を一口も召し上がらなくなり、お熱もあるということで中部病院の救急へ搬送となりました。
シズさんの体は痩せ細り、軽々と持ち上げることができるほどでした。苦しそうにうずくまり、布団を被っておられます。
布団をとって背中、臀部(おしり)の診察をした私たちは愕然としました。
仙骨部には直径5cmに達しようかとうほどの巨大な褥瘡(床ずれ)が2箇所もできていいました。しかも、その褥瘡は二つとも不良肉芽で覆われ、感染も合併して異臭を放っていました。
身体的に健康な私たちは寝ている間も寝返りを打つので、褥瘡ができることはありません。しかし、自分で動くことができない、寝たきりの人は、誰かが体位を変えてあげないと、床に接する場所は血流が阻害され、褥瘡ができます。褥瘡は1-2時間、体位を変換しないだけでも生じてしまいます。
全く動けないシズさんを、92歳の旦那さんが一人で看病している状況です。旦那さんがシズさんの体位を2時間ごとに変換することは不可能です。
主治医グループは、シズさんの状況は極めて深刻で、老衰に近く天寿を全うされようとしていること、褥瘡も治る見込みがないことを説明しました。
旦那さんは悲しそうな顔をして
「もう治る見込みがないのなら、このまま家に連れて帰ろうかな。私が家で見ます。」
研修医(外科系)「褥瘡を治すことはできなくても、傷をきれいにして、感染症の治療を行えばシズさんは元気を取り戻されるかもしれません」
夫 「そうですか、、では入院をお願いします。先生、どうか妻を治してやってください。」
入院後、褥瘡感染に対しては適切な抗菌薬投与がなされました。
院内の褥瘡専任看護師が総出でシズさんの褥瘡のケアにあたりました。
シズさんの褥瘡は見た目は5cmでしたが、皮下には更に数センチ以上の褥瘡ポケットがあり、骨にまで到達している部分がありました。
優秀な外科系研修医は、毎日、シズさんの褥瘡を生理食塩水で洗浄し、不良肉芽(これがあると傷が塞がらない)を取り除き、薬液を塗ったガーゼで創を保護しました。
彼女の努力の甲斐もあり、褥瘡は少しずつ改善、新しい肉芽も形成されてきました。
しかし、5cmもある皮膚の欠損が完全に修復されることはありません。
赤々とした創部を目の当たりにした旦那さんは不安そうな表情で
「この傷、治るのかねえ、、家では私、、こんな傷の処置まではできないさ、、、」
旦那さんは92歳です。ご自身も後期高齢者であるにも関わらず、食事、清拭、気管内吸引までご自身でされているのです。本当に頭が下がる思いです。
抗菌薬投与を終えたある日のこと、主治医グループは旦那さんへ
「感染症はすっかり良くなりました。しかし、褥瘡はこれ以上、治療をおこなっても完全には塞がらないでしょう。デイサービスや訪問看護の力を借りながら、お家へ帰りませんか?」
と提案しました。相談員(MSW)の呼びかけにより、ケアマネージャー、デイの職員、訪問看護、福祉用具、褥瘡専任看護師、在宅医(長野)が集まりカンファレンスを行いました。
旦那さんは暗い顔で
「もう、治らないんですね、、私、家で、、こんな傷、、どうすればいいのですか?こんな洗ったり、ガーゼ入れたりできないですよ。どうすればいいのですか?こんなんで帰れって言われても、、、私どうすればいいのですか、、、」
褥瘡専任看護師
「お父さん(旦那さん)、ご安心ください。私が家でのケアの方法を訪問看護師さんへお伝えします。私も長野先生が訪問されるときに一緒におうちまでうかがいますね。 病院では毎日洗浄したり、ガーゼを入れたりしていましたが、おうちではもう少し簡単に、スタッフの方の負担にならないような処置方法に変える予定です。」
長野
「お父さんは今までシズさんのため、十分、献身的にケアをしてこられました。シズさんも家でお父さんに守られてとても幸せだったと思います。これまで本当にありがとうございます。」
私は続けました。
長野「お父さんはどうかこれまで通り、シズさんを体力が許す範囲で見守っていただけるだけで十分です。お父さんが家で創の処置を行わなくてもいいように、しっかり申し送りをしたいと思います。デイの職員にも創部のケアについてお伝えし、お風呂にも入れてもらえるようにしましょうね。なんとか創が悪化しないようにみんなで見守ってゆきましょうね。」
終末期の患者さんにできてしまった褥瘡は、治療しようとすると、大変な労力を要し、医療依存がどんどん高まってゆきます。しかし、低栄養のため創は完治することはなく、患者さんは家にも帰ることができなくなり、苦しさだけが増してゆくのです。
私のそういう事態にだけは陥らないよう、今が家に帰すタイミングであると考えていました。在宅医療での褥瘡は「戦う」のではなく「平和共存」なのです。
長野 「もし、お父さんがおうちでシズさんを看るのが辛いなあ、難しいなあと感じるときは遠慮なく私たちにご相談ください。中部病院にはいつでも帰ってきていただけますよ。」
旦那さんは
「わかりました。そこまで親切に言っていただき少し安堵しました。家に帰るのはとても不安ですが、どうかよろしくお願いします。」
旦那さんは元々、お家でずっとシズさんを看ておられたのです。
我々病院で働いている医療スタッフが最も気をつけねばならないことは、患者さんのために良かれと思ってやった治療が、逆に「自宅へ帰れない患者さん」を作ってしまっていることがあるのです。
病院で働いていると、医療行為が全ての中で最優先事項と錯覚してしまいますよね。
訪問診療で患者さんのお宅へ行くと、そこには患者の暮らし、人生があります。
医療の本来は、人間に幸福をもたらすために行われるべきですよね。
それを思い出させてくれるのが「在宅医療」なのです。
退院当日、私は歯科医師の比嘉先生と共にシズさんの家を訪れました。
琉球大学の学生さん、褥瘡専任看護師の田場さん、そして九州から病院見学へこられていた柳原先生にも訪問に同行していただきました。
田場さんは、いずみえんの宮城さんに病院での様子、処置の実際について丁寧に説明されました。そして、体の一点に圧がかからないよう、おうちにあるクッションを使いながら圧をうまく分散する体位を旦那さんの前で実演されました。
専任看護師さんの知識、技術は本当にすごいです。
医師にはここまできめ細かな指導はできません。
歯科医師の比嘉先生は私が見落としていた、口腔内の頬粘膜の奥にある口腔カンジダを見つけ、それを愛護的にスポンジブラシを用いて除去してくださいました。
患者さん、旦那さんが穏やかに暮らせるよう、病院のスタッフと地域のスタッフの心が一つになった瞬間でした。病院から在宅へ、シームレスな連携が実現した瞬間でした。
カンファレンスには医師、訪問看護師、歯科医師、衛生士、ケアマネ、福祉用具、デイの職員、認定看護師、研修医、医学生 10種類もの職種が一同に集ったのです。
今後、褥瘡がこのまま清潔を維持できる可能性もありますが、残念ながら再び悪くなるかもしれません。しかし、どのような結果になっても、誰も責められるべきではないでしょう。
シズさんが自宅で穏やかに過ごせるよう、皆が適切に連携し、情熱を持って仕事をしている。その中心には主人公である患者さん、そしてお父さんの存在があるのですから。
私は研修医、医学生を訪問診療へ同行させ、彼らにどのような学び、心理的、行動面での変化があったのかを質的に研究し論文化しました。
A brief home-based palliative care learning experience for medical students and resident doctors in Okinawa, Japan
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0218780
これからも、病院から地域への「開かれた窓」として私は患者さんの家を訪問したいと思います。なるべく多くの病院職員(医師だけでなく、病棟看護師にも)に在宅医療を経験させてあげたいと考えています。
私は、沖縄に住む人が、どんな病気を持っていても、どこで暮らしていても最期まで穏やかに過ごせるような世の中を作りたいと考えています。在宅医療はnarrativeな世界でevidenceに乏しい領域と思われる人もいるかもしれませんが、そこから世の中を変えていけると本気で思っています。