あなたはここいいて良いんだよ

「おれはここにいるさ、、」

「あなたはここにいて良いんだよ!」

コロナ禍で自宅独居者の看取りをチームで支えた一例

ヒロアキさん(仮名:筆者と同じ名前ですが、私ではありません)は65歳男性。

大腸がん、肝転移による黄疸が進行し余命は1週間程度と予想されました。

「あと数日でお亡くなりになりそうな方がいますが、どうしてもお家に帰るとおっしゃっています。先生、訪問診療は可能ですか?」

担当医から連絡があり、私は個室のベッドで横になっているヒロアキさんと面会しました。

ヒロアキさんは長い闘病で体は骨と皮だけにやせ細り、全身は黄疸で黄色くなり、お腹はお水(腹水)がたまってパンパンに膨らんでいました。

目は落ちくぼみ、苦悶の表情を浮かべておられました。

私がご挨拶すると、ヒロアキさんは突然、黄色い目をカッと見開いて

「いつだ?いつ家に帰れるのだ?」と私の腕を掴みながらうわごとのように叫びました。

ヒロアキさんは天涯孤独な方で、アパートの一室で1人暮らしをしていました。

いろんなところを転々とされたのち、最後にたどりついた終の住処でした。

大家さんのミホさん(仮名)はヒロアキさんのためにお食事を作って差し入れしたり、話し相手になってあげていました。

隣に住む、中西さん(仮名)もヒロアキさんの大切な親友でゴルフ仲間でもありました。

ヒロアキさんの寿命が近いことを悟った私たちは相談員さんを通じて、急いで関係者ミーティングを開催しました。

私の大切な伴走者であり心友でもあるオヤドマリ看護師や、ケアマネージャーのふくやまさんがすぐさま駆けつけてくださいました。

ところが、カンファレンスの直前、オヤドマリ看護師から

「先生、、ちょっとまずいことになりました。大家さんがヒロアキさんをうちに帰すのに猛反発しています。「うちのアパートで死人が出たら警察沙汰になる、誰も住めなくなったらどうするんだ!」って騒いでいます!ヒロアキさんのご兄弟もみんな退院には反対です。「病院にいたら安心なのに、なんでわざわざ家に帰すのか?」って。。現実をつきつけられました。。」

確かに、、これが現実です。

本人は帰りたくても、受け入れる地域の人々、家族が全員反対しているような状況では、無理は言えません。2025年に向けて地域包括ケアが叫ばれていますが、人生の終末期を迎えた方を目の前にして自信をもって関われる人材は、、まだまだ不足しています。

私たち在宅チームのお仕事に関しても、どこまでみてもらえるのか?という疑念が残ったままです。

私たちはまず、ご家族、大家さん、ご友人のお話に耳を傾けました。

夜、ベッドから落ちたらどうするのか?

夜、息が止まっていたらどうするのか?

ご遺体をアパートに放置することにはならないのか?

帰ってからのご飯やトイレはどうするのか?

皆、ヒロアキさんのことが大好きで、大切に思っているからこそ、1人にしておくことが心配で、心が苦しくなっていらっしゃるようでした。

私たちは、私たちの役割について丁寧に説明しました。

訪問看護師は1日3回、ヒロアキさんの様子を見にいきます。

主治医(長野)も毎朝、出勤前にヒロアキさんのご様子を見に行きます。

お家で何かあった場合には訪問看護、在宅医が24時間体制で対応できます。

最後の診察までお家でできます。

排泄のケアや体の清拭、水分の摂取も可能な限りお手伝いいたします。

(ヒロアキさんは、お食事はほとんど召し上がられず、トイレへの移乗も難しくなっていました。)

私たちはご家族、大家さん、ご友人に、ご本人の強い希望をお伝えし、なんとか自宅へ帰れないかお話しました。

カンファレンスの後、皆で再度、ヒロアキさんのベッドサイドにお邪魔し、意志確認を行いました。

「いつ帰れるのか? わしはどうしても帰りたいんだ!」

はっきりした口調でこうおっしゃいました。

ご本人の言葉を聞いた大家さん、兄弟も

「それほどまでに帰りたいのなら、、」とようやく帰宅を承知してくださいましたが、まだ不安そうなご様子をされていました。

自宅へ帰る当日、オヤドマリさんから電話があり

「先生! 大家さんが!! アパートの入り口に貼り紙をしています。誰も通れないように封鎖しています。やっぱり反対みたいです、、」

オヤドマリさんからの写メでは、ヒロアキさんのアパートの入り口に赤い文字で

「無人の部屋に病人を留め置くのはやめよ!!!」

と書いてありました。

オヤドマリさんとケアマネさんが、再び大家さんとお話をしてくださいました。

大家さんも気持ちが動転されてらっしゃるご様子で、、話すうちに少しずつ落ち着かれてゆき、穏やかさをとり戻されました。

これまでオヤドマリマジックに何度助けてもらったことか、、

ここまでしてどうしてお家に帰すの?

1人きりで死んで幸せなの?

そう思う方もいらっしゃるかもしれません。

それでも、私たちはヒロアキさんの

「おうちにいたい」

という言葉を信じたかったのです。

多くの方々の援助に支えられ、、ヒロアキさんはお家に帰りました。

ヒロアキさんが自宅に退院されてから数時間後、私は歯科口腔外科チームの古謝さん、外来担当医の今井先生と共にご自宅を訪問しました。

大家さんの描かれた真っ赤な文字の張り紙はまだ健在でした(笑)

自宅にはケアマネさん、訪問看護師、そしてヒロアキさんのゴルフ友達の中西さん

が駆けつけて、丁寧にケアしてくださっていました。

ケアマネさんは几帳面なヒロアキさんが時間がわかるように置き時計を買って来てくださっていました。歯科衛生士の古謝さんはヒロアキさんの乾燥し荒れ果てたお口の中を丁寧にケアし、潤いを与えてくださいました。

「おれはここに帰ってきてよかった、、」

ヒロアキさんにはもう声を出す力も残っていませんでしたが、唇がかすかにそう呟いたようにも見えました。

築40年以上の古くて小さなアパートでしたが、ヒロアキさんのお部屋の中はとても温かい気持ちで溢れていました。

ゴルフ仲間の中西さんは

「この人とはよくゴルフを回ったさ、、おれよりかなり飛ばすんだよ、この人はね、、」

と懐かしそうに語られていました。

お部屋には、緊急時の連絡先(訪問看護師の携帯電話)の番号を大きく書いた紙を貼り、中西さんにも第一発見者が医療者でない場合も、救急搬送や警察への連絡をせず、私たち在宅チームを読んでいただくよう何度も説明申し上げました。

また、大家さんのご自宅を訪問し、今回、退院を許容してくださったことに感謝の気持ちをお伝えしました。

大家さん「先生のお名前は新聞でもよく存じ上げております。先生のヴァイオリンのコンサートも聴きに行ったことがありますよ、、ヒロアキさんを1人お部屋に残すのはとても心配ですが、、先生たちがついていたら大丈夫ですよね。。」

私は、一人暮らしとは思えない、にぎやかになったヒロアキさんのアパートを後にしました。

病院に帰った後、ヒロアキさんの地域を管轄している消防署に電話を入れ

ヒロアキさんの情報をお伝えしました。

「ヒロアキさんは自宅でお看取りの予定です。もし、おうちからどなたかが連絡してこられた場合、すぐに出動せず、私の携帯にコールください。」

消防署の方も快く、情報共有を承知してくださいました。

翌日の夕方、ヒロアキさんの呼吸が止まったことの知らせが入りました。

訪問看護のオヤドマリさんが亡くなられる1時間まえから自宅で待機してくださっていました。

お部屋に到着すると、大家さん(自宅へ帰ってくるのを強く反対していた)がヒロアキさんの横に寄り添って、しっかりと手を握っていらっしゃいました。

「ヒロアキさん、、よくがんばったね、、こんなにやせちゃって、、男前だったのに、、」と涙を流されていました。

中西さんもずっとお部屋についてくださっていました。

「おれはちょっとタバコを吸ってくるさ、、先生、、よろしく頼みます」

帽子の隙間から見える目にはかすかに光るものがありました。

死亡宣告をしたのち、みんなでお体をお拭きして、かっこいいスーツを着せていた時、大家さん(女性)がおもむろにラジカセにCDを入れ、ジャズ音楽を流し始めました。

「これは私のお気に入りの曲なのよ、、ヒロアキさんに聴かせたいと思ってもってきたのよ、、少し踊ってもいいかしら?」

大家さんはジャズ音楽に乗せて、身体を優雅にくねらしながら踊り始めました。

ヒロアキさんの口元がまた少し、緩んだような気がしました。

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