極限の状況での意思決定支援

人生のゴールは「納得感」である。話し合いの重要性。

沖縄県では5月、6月、コロナ患者が未曾有の数となっており、医療崩壊が現実のものとなっていました。1年ほど前に中国の病院がテレビに映し出されていました。病院に体調不良者が殺到するも診療が追いつかず、廊下に倒れこむ人々、埋葬が追いつかないご遺体。かなりショッキングな映像でしたが、これが日本(沖縄)でも現実に起こってもおかしくないくらいまで追い詰められていました。

コロナウイルスによる重症肺炎は高齢者がかかると致命的です。

高齢者ほど死亡率が上がることは昨年から様々な論文、メディアで報道されています。

いったん入院し、治療を受け奇跡的に肺炎が良くなったとしても、退院する頃には足腰が弱って立てなくなったり、食事ができない、いわゆる「廃用」の状態になってしまう方が多いのです。多くの高齢者は元の施設にも戻ることが叶わず、安住の地が見つかるまでは病院に滞在することとなります。

患者さんのご家族は、原則として入院中の面会は許可されていません。

患者さんは長年連れ添って配偶者や親御さんと突然、会うことができなくなるのです。

コロナの恐ろしさは、肺炎の死亡率だけではなく、文字通り「人の絆を引き裂いてしまう」ところにあります。

そのような極限状態の中でも、私たちは闘病を続ける患者様とご家族の絆をなんとか繋いでゆけるよう、現場では看護師さんたちが様々な工夫を凝らしてくださっています。

Sさんは78歳男性。重症のコロナウイルス肺炎に罹患し、病状は日に日に悪化傾向となりました。肺炎が悪くなる原因としては、炎症反応の嵐(サイトカインストーム)が挙げられ、炎症を止めるために様々な薬剤が投与されます。しかし、発症から長い経過で肺炎が悪化した場合、救命は極めて厳しくなります。

Sさんは肺炎の治療が奏功して一旦は人工呼吸器を離脱しましたが、その直後からまた呼吸状態が悪化し、ふたたび人工呼吸器が必要となるほどの状態となりました。

今度、管を入れたら、二度と、管が抜けなくなり、Sさんは自由に話すことも動くことも、お口からご飯を食べることも難しくなるかもしれません。

Sさんは奥さんと二人暮らし、お子様はいませんでした。

Sさんと奥さんは仲睦まじく、楽しい時も、苦しい時も文字通り苦楽を共にしてこられてきました。連れ添って45年、、Sさんにとっての身内は奥様ただ一人でした。他に近しい兄弟、親戚もいらっしゃらなかったのです。

主治医はSさん、ご家族に親身に寄り添い、ICUにいる時も毎日欠かさず電話で経過を報告していました。

奥様はただ一人の親類です。奥様も高齢で、足を悪くされていました。

「夫とは45年、ずっと一緒だった。だだ一人の身内なんです。。どんなことがあっても、どんな状態であっても生きていて欲しいのです」

奥様は、Sさんに再度、人工呼吸をすることを希望されました。

主治医は奥様の気持ちを重視していましたが、再び人工呼吸につなげた場合、二度と管を抜くことはできなくなることも見通していました。

彼の心の中には迷いがありました。

ICUでSさんを担当している専攻医、看護師の間でも気持ちは揺れ動いていました。

「本人の意思が明確でないのなら、奥様の意見を尊重して早く、挿管(人工呼吸)した方がよい」

「Sさんはもう十分頑張られている。奥様は人工呼吸をしたのちにSさんにどのような未来が待っているのかまでは考えられていない。このまま話ができる状態で緩和ケアに専念してはどうか、、?」

医療スタッフの中でも意見が分かれる中、Sさんの呼吸状態は刻々と悪くなって行きました。

あと数時間以内に決断を下さないと、人工呼吸の処置自体が不可能になってしまいます(処置中に酸素が上がらなくなり、心肺停止になる可能性がある)

私は主治医、ICUスタッフに対して、第三者を交えた小倫理委員会を開くことを提案しました。

患者の意思が明確であっても、そうでなくても、少しでも決断に迷う場合には倫理委員会を召集すべきです。再三者の冷静な意見を聞くこと、そして何よりも多職種で話し合いの場を持つことが大切なのです。

決断に迷う時、患者の意思決定支援の指標となるのが、「臨床倫理の4分割法」です。

倫理とは「人生の選択」を決めることです。

人の価値観は一人一人違うものであり、初めから決まった答えはありません。

話し合う際に考える「軸」があれば大いに助けとなります。

Sさんの場合では

医学的適応:人工呼吸をすれば、しばらくの間は酸素化、換気が保たれる可能性があるしかし、肺がよくならない限りは人工呼吸からの離脱は難しく、予後も不良である。

しかし、人工呼吸をしなければ数時間以内に呼吸が持たなくなり死亡する可能性がある。

人工呼吸をしても肺の回復の見込みは低い(30%以下)が、しばらくの延命は可能である。

本人の意向:はっきりとした意志は確認できていない。本人は一度目の人工呼吸がとても辛かったらしく、もう一度、人工呼吸を行うことに対しては「怖さ、恐怖感」があり、体のしんどさも相まって自分だけでは決められないようである。本人は妻との面会を希望している。

周囲の状況:家族は高齢の妻一人だけ。45年以上連れ添っており、固い絆で結ばれている。他に身寄りはなく、妻のことを頼りに思っている。

妻もSさんのことを心から大切に思っており、どんな状態でも長く生きていて欲しいと願っている。妻は再挿管を強く希望している。また、Sさんと面会して話をすることを希望している。しかし、ICUは病棟が逼迫している。

QOL:人工呼吸をすれば、24時間以内に死亡する可能性は低くなるが、抜管は難しく、おそらく妻と会話することは二度とできなくなるだろう。人工呼吸中は鎮静、鎮痛をしっかり使うことで苦痛を取ることは可能である。

これらの要素を元に、ICUスタッフ、担当医、病棟看護師が集まり話し合った結果、人工呼吸を行う前に、テレビ電話を使って、Sさんと奥様にお話していただくこととなりました。

奥様大切なSさんにどんなことがあっても「生きていて欲しい」という思いから、人工呼吸を希望されていましたが、人工呼吸をやることでSさんを苦しめてしまうのではないか、、そんな不安も奥様の中ではありました。

どうしても管を入れる前にSさんとお話がしたかったのです。

我々はICUのコロナ患者ゾーンの手前でテレビ電話(iPad)をつなげて奥様とSさんが直接お話できるようにしました。

「父ちゃん?わかる? 大丈夫?」奥様は必死でSさんに向かって話かけます。

奥さん「私はとうちゃんに生きていてほしい、、だから管入れるのとても苦しいかもしれないけれど、、頑張ってほしい・・しばらくお話できないけれど、、きっと良くなって戻ってくるからね!」

Sさん「また管がはいるのかね、、ちょっと怖いなあ、、」

奥さん「大丈夫さ、、先生を信じてお任せしましょう。ちょっとの間だからね!」

Sさん「そうか・・わしが植えたヘチマはもう枯れたか?」

奥さん「全然枯れとらんよ!私が毎日ちゃんと水やりをしとるから、、父ちゃんのヘチマは枯らさないよ!」

Sさん「そうか、、なら安心だ。。」

奥様の目には涙が溢れ、今生の別れをしているかのようにも映りました。

奥様も自分の希望のためにSさんを苦しめてしまう可能性があることは、ちゃんと理解されているのだと思いました。

私は自分の母親が闘病していたときを思い出しました。

頭では理解していても、割り切れないもの、、どうしてもありますよね。

そんな矛盾を抱えながら、生きているのが人間なのです。

音楽で言うと3連符と2連符のような、、時には重なり、時にはズレたりしながら、、

患者さんの意思決定支援を行う際には、この「モヤモヤした気持ち」を温かく見守りながら、非科学的な人間の心を含めてサポートしてゆく必要があるのです。

意思決定というと、病院ではどうしても、DNAR(Do Not Attempt Resuscitation

)にフォーカスしがちです。なぜなら「蘇生処置をやるかやらないか」決めるだけなので、シンプルかつクリアな事項だからです。

しかし、それらを含めて、「その人らしい生き方、命の終わり」を話し合ってゆく時には

結論を急いではなりません。

現場で関わる看護師さん、主治医、担当医、家族、そして患者本人が

「これでよかったんだ、、」と思える納得感を大切にしたいですね。

コロナ肺炎を始め重篤な状態になってからでは、話し合う時間が限られていることが多いです。そこに病院での意思決定支援のジレンマがあります。

元気な頃から、日頃から、自分がどのように生き、どのようなことを大切にしているのかを、大切な人たちにお話し、思いを共有できていたら、、、急に重い病になってもこれほど悩むことはないかもしれません。

「人生の最期=死」について考えることは、「今をどう生きるか」について考えることに他ならないのです。これは誰もが通る道であり、他人事ではありません。

余談になりますが、DNAR、ACPなどの用語は医療者の間でも誤解が多くそれに関して以前、まとめたものがあります。各スライドの詳細な解説についてもいずれまた、、

各病棟、そして地域のスタッフのみなさまは、時間の限られた中で、残された時間をどのように生きるのかという「アート」の部分にまで可能な限り寄り添ってくださっています。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

私は、呼吸器内科の外来にて、肺がんで通院中の方、進行した間質性肺炎、COPDの患者さんを担当しています。みなさまがお元気な頃から、「万が一、、、重い病気で命が危なくなったら、、」という切り出し方で、その方の人生観や、希望、療養場所について、早めから、繰り返し、話し合いを重ねる努力をしています。

「万が一」は明日、訪れるかもしれませんから。

<参考資料:DNAR、LW、AD、ACPについて>

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