台湾訪問記

台湾(台北市)の地域医療、在宅医療について
今回、幸運にも台湾の地域医療、在宅医療を視察する機会をいただき、出張として行ってまいりました。台湾視察で学んだ内容をまとめてみました。短期間の滞在でしたので全てを語れるわけではありませんが、、沖縄と比較しながら、私の感想も交えながら書いてみました。

台北市の政策は一つのモデルケースとして世界各国から見学者が訪れています。

台北市は人口267万人(那覇市は32万人、沖縄県全体で140万人)の大都市です。2018年には高齢者の割合が14%に達して高齢社会となりました。日本と比べるとまだ低い数字ですが、高齢化率が非常に高く、高齢者の割合が20%を超える超高齢社会になるまでの年数が8年と他国に比べて急激であります。そのため、高齢者を受け入れる病院、施設の数は圧倒的に不足しているのが現状です。

 また、台北市では人々はマンション、アパートが密集して暮らしていますが、建物は老朽化し、階段は非常に急峻なところが多くなっています(那覇の国際通りの裏の路地と非常に似ています)。足腰の不自由な高齢者は1人では階段を降りることができず20年以上、アパートから外へ出たことがない方などもいるようです。
「アパートの窓から見える景色だけが、私の世界なんです」
そう語っておられる高齢者もおられました。

台北市の在宅医療はこの数年で劇的に変化しました。
台湾大学病院外科学教授であった柯文哲氏が2014年に台湾市長に当選してから、地域医療の改革に着手されました。
柯氏の同胞の黄勝堅氏を台北市立連合病院の総院長に任命され市の基幹病院が率先して在宅医療を推進しました。

台北市立連合病院は私が今回見学させて頂いた仁愛病院を含め7つの病院の連合体で全体で3500床くらいの規模を有します。台北市を12の行政区域に分けて、それぞれの地域に地域高齢者ケア拠点を設けて活動しています。それぞれの在宅療チーム(各チームにつき、医師、訪問看護師、訪問薬剤師、訪問栄養士、訪問理学療法士、ケアマネージャー)が各区域の住民の訪問診療、服薬指導、リハビリ、健康相談などを行なっています。(1区域で?)4年間で4000人の患者を診察し、在宅看取りは1580 人とのことでした。

特徴的な取り組みの一つとして、「お寺」が地域のコミュニティの場として重要な役割を担っていることです。
お寺には血圧計が設置され、住民が血圧を測定するとそのデータが病院の電子カルテに送信されます。また、社会から孤立しがちな独居の高齢者を集めてお寺で会食、書道大会、手芸、将棋大会などが行われています。食事は病院の栄養士が考案した献立が用いられます。また、「長い箸の活動」というものがあり、通常よりも長いお箸で食事の取り分けを行います。長い箸は持ちにくいですが、手のリハビリになることと、他人へ食事を取り分けることにより、人とのつながり、友好を深めます。

お寺では病院から医師や看護師が派遣されて健康相談に乗ったり、ACPのお話を行なったり、時にDNRの話もしたりするそうです。

お寺にDNRの大きな看板がかかっています!!

台湾の人々はお寺への信仰が厚く、参拝もよくされます。信仰を通して、少しずつ、死への恐怖から解放され、自分の命の終わりについても自然と向き合うことができるようになると説明されていました。

また、もう一つ、ユニークな試みとして、地域の大学生(生活健康科)を訪問診療へ同行させ、高齢者との交流を通して命の尊さ、高齢者の生活支援について学んでもらうというカリキュラムがあります。

私たちにプレゼンしてくれた学生さんは、健康状態の異なる4名の独居高齢者(健康体の人、病院に通っている方、独居で麻痺があり動けない人、ガンの終末期の方)4名を計11回訪問され、それぞれから大きな学びがあったことを発表してくれました。学生さんの学びの総括は以下の通りでした。

1、学生と高齢者が共に学ぶこと:高齢者の話を聞き、得意な手芸(編み物)について教えてもらう。高齢者は編み物を「教える」ことで自らの役割、存在価値を再認識できる。

2、コミュニティを広めること:孤立しがちな家族の悩みを聞き、共有する。家族の不安、辛さの共有、軽減につながる。会話の中から、患者の隣の住人も独居で孤立していることが判明した→新しい介入のきっかけになった。

3、命や死に対する認識が明確になった:末期ガンの患者さんとの関わりを通して、命の終末について考え、人にも話せるようになった。

2日目はお寺で訪問診療医と待ち合わせて、近くに高齢者の自宅へ訪問しました。この在宅医は60人の患者を担当しており、各患者の家には2ヶ月に1回訪問、終末期の患者には毎週、訪問を行なっているとのことでした。

自宅にほ大きな仏壇があり、沖縄と似た作りのお家でした。
訪問診療の患者負担は、127元(500円程度)、訪問看護師や薬剤師が加わると179元、お薬代や検査代は別途負担(5%)とのことでした。

こちらでは、患者が亡くなった場合、すぐに医師は呼ばれず、まずはお坊さんが来て約8時間、お経をあげられるそうです。そのあとに、医療者が呼ばれるとのことで、夜間に看取りで呼ばれることはほとんどないそうです。

医師、看護師以外にも薬剤師、理学療法士、栄養士などが訪問を行なっていること。また、医師も内科以外に、整形外科、眼科、泌尿器科、耳鼻科、皮膚科医が訪問を行なっているあたりが沖縄との違いでした。

また、各地域にケアマネとは別に、「地域マネージャー」とよばれる人物がお寺から選抜され、地域の住民の様子を把握し、病気を抱えて孤立している人を発見し、病院へニーズを報告する役割を担っているそうです。タイでもNPやボランティアが近い仕事をしていたと思います。日本では民生委員などがいると思いますが、介護保険体制が整っていない台湾では彼らの役割は非常に重要であると感じました。

冒頭で紹介した、老朽化したマンションから20年間出れなかった、片麻痺のある独居高齢者は、市立病院の在宅チームが介入し、車椅子で外出。近くの公園までお散歩をされました。また、カラオケで昔好きだった歌を歌われたそうです。これらのサポートは医療を超えた範囲かもしれませんが、医師が患者の傍に付き添っている姿が印象的でした。

市立連合病院の院長が最後に述べられていたのは、
「私たちのキーワードはhospital at home, hospice at home」であるとのことでした。
これらの地域を巻き込んだ取り組みは、イギリスがモデルになっているようで
Promoting international compassionate community: Taiwan experience
と書かれていました。中国語に訳すと「慈悲」という言葉が入ります。

午後は別の地域の基幹病院(1500床)を訪れ、腎臓内科グループと交流しました。
台湾では、透析を予防するため、腎臓に負担のかからない食事の作り方、レシピを病院の認定看護師が考案し本として出版しています。また、お寺などの地域で簡単な尿検査、採血検査を無償で実施し異常値が見つかった方は病院から追跡の検査、フォローを行なっているとのことでした。
予防医学にも相当力を入れている様子でした。

最後に緩和ケア病棟、ホスピスを見学。
ほとんどの基幹病院で緩和病棟があり、平均在院日数は1〜2週間とのことでした。週に1回、宗教者(僧侶、牧師)が病院を訪れて、死が近い患者にお祈りを捧げるようなスペースが存在しました。

総括として
・台北市では医師が市長となり、トップダウン的に数年間でイギリスを  モデルとした地域包括ケアの改革が進んでいる。
・各基幹病院が、緩和ケア、終末期医療、予防医学に力を入れている。また、超高齢社会を見越して、在宅医療の充実に尽力している。
・介護保険制度が未発達である。各地域の住民(地域マネージャー)、寺院などが病院と連携して独居高齢者などの支援を行なっている。
・学生と高齢者の交流が促進され、双方向性の学びを得ている。

などでしょうか。また思い出したら追加してゆきたいと思います。

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