終末期の患者における輸液療法

雑誌「内科」に掲載された内容について一部改変してお届けしたいと思います。

1)論文タイトル 在宅医療における輸液
2)キーワード 終末期 水分補給 輸液量 多職種連携 家族カンファレンス

3) サマリー ・終末期であっても食欲不振の原因を考え,介入できる治療(薬剤性など)や感染症(結核など)の可能性を考える。・輸液しないことで生じる利益(口腔や咽頭の分泌液現象,浮腫や腹水の減少など)を考慮にいれ,慎重に輸液の適応を考える. ・輸液継続・中止など重要な患者・家族との話し合いは,必ず訪問看護をはじめとする多職種で行う。 ・患者,家族の不安,苦しみをできる限り表出してもらい,それを医療者や家族同士で共有する。

症例 Aさん 89歳女性. 左肺下葉扁平上皮癌,脊椎転移,シェーグレン症候群

 既往に肺結核の治療歴がある(約50年前).高齢の夫,長男夫婦,長女と5人で暮らしている.半年前に腰の痛みを主訴に近医を受診.精査の結果,肺癌,腰椎への転移と判明した.年齢や合併症などを考慮し,化学療法など癌の積極的な治療は行わず,苦痛を緩和する対症療法,緩和ケアに専念することとなった.呼吸器内科の外来へ通院していたが,肺炎,肺膿瘍にて入院.抗菌薬にて感染症は改善したが,ADLが低下し外来へ通院することが難しくなった.患者さんは住み慣れた自宅での療養を希望され,ご家族も患者さんのご意向に添いたいとの申し出があり,主治医医師が自宅へ訪問診療を行うこととなった.

 在宅では時折,腰の痛みを訴えるものの比較的穏やかに過ごされていた.訪問診療を開始してから2ヶ月経った頃から,徐々に食欲が低下し水分も1日あたりコップ1杯程度しか飲めなくなった.るいそうが目立ち,ベッド上でほとんど寝ていることが多くなった.尿量も低下し明らかに衰弱が目立つようになった.

ご家族は訪問看護師に対して心配そうに尋ねられた.

「食事を摂れなくなってからどんどん体が弱ってきているように見えます.家で自分たちが食事や水分を与えようとしても受けつけようとしないのです.このまま目の前で衰弱してゆくのを見ているのはとても辛いです.訪問診療の先生に点滴をお願いできないでしょうか?」

  • Qあなたが在宅主治医であれば,この問いに対してどのように答えますか?   

診察時のバイタルサイン 体温 36.1度, 血圧 148/72 mmHg, 脈拍85回/分, 呼吸回数 20回/分, SpO2 96%(在宅酸素1L吸入下)

身体所見

外見:倦怠様,やや浅くて早い呼吸,苦しそうではない.

頭頸部:貧血,黄疸なし,口腔内は乾燥,頬粘膜に白苔付着あり

胸部:呼吸音は左側胸部でやや低下,肺雑音は聴取しない

   心音整,雑音なし

腹部:平坦,腸蠕動音は正常,軟,圧痛はない.

四肢: 浮腫,皮疹はない.関節の腫脹,熱感はない.

現在の処方

  • ランソプラゾールOD錠 15mg 1錠 朝食後
  • ナプロキセン錠 100mg  3錠 分3 毎食後
  • プレガバリン 25mg  1カプセル 夕食後
  • プレドニゾロン 5mg 1.5錠  朝食後
  1. 食欲不振の原因を考える

 人生の終末期を迎えたがん患者を在宅で診療する看護師,医師にとって,必ず直面する問題として,食欲不振,水分摂取不良が挙げられる.がん患者の場合,死の1ヶ月ほど前から病状や身体活動の機能が著しく低下し,死の直前ほどその変化が顕著となる.[文献1]食事量も体の機能に合わせて,徐々に摂取量が減り,死の直前1ヶ月では少量の水分摂取のみとなることが多い.

 この変化は,生まれた赤ん坊の成長を逆にたどることにも例えられる.食事を摂れなくても患者に苦痛はなく,穏やかに過ごしていることが多い.

 しかし,私たち訪問診療医は,がんの自然経過による食欲不振とは別に,可逆的であり,解決可能な原因が隠れていないかということを常に考えておくべきである.たとえば,終末期に投与される薬剤の中で,強オピオイド,弱オピオイド, プレガバリンなどの鎮痛薬, 抗不安薬や抗精神病薬などの薬剤は食欲不振の原因となることがある. 終末期の在宅医療では不要な内服薬はできる限り中止し,副作用によるQOL(Quality of Life:生活の質) 低下を防ぐ努力をしなければならない.

 在宅医療でどこまで検査するか難しい問題ではあるが,がん患者であれば,高カルシウム血症,肝不全,腎不全などの代謝, 電解質異常, 消化器系の原因として便秘,腸閉塞などが挙げられる.[文献2]また,肺癌患者では,しばしば,脳転移,癌性髄膜炎による悪心,嘔吐,食思不振がみられる.

 さらに,本症例の場合は,活動性結核の可能性にも留意せねばならない.本症例は過去に結核の治療歴があるが,50年以上前の日本ではリファンジピンが使用できず,結核の治療は不十分で終わっていた可能性がある.更に,終末期の患者では食事量やADL(Activity of Daily Life:日常生活動作) 改善の目的でステロイドが使用されることが多いが,これによって細胞性免疫が更に低下し,結核発症のリスクとなる.

 在宅療養中に原因不明の発熱,食欲不振,喀痰の増量などが見られた場合は, 一般細菌に加えて抗酸菌の塗抹,培養検査を行うことが望ましい.

  • 輸液の適応

 上記の原因を可能な限り検索した上で,やはり癌の自然経過に伴う食欲不振,水分摂取不足と考えられる場合,このような患者に輸液療法はどれほどの効果が見込まれるであろうか?

 癌の終末期(およそ,予後1ヶ月以内)においては,輸液量の違い(1日100mlと1000ml)によって,倦怠感やせん妄を始めとする身体・精神症状および生命予後に差がみられなかったという報告がある[文献3]

 死が迫っている患者に対する栄養の人工補給は危険を伴うことが知られており,推奨されない.[文献4] この点を思慮深い態度でケアに参加している人々に伝えるべきである.

 終末期の水分補給不足は次の点で患者に利益をもたらしている.

  • 気管内分泌,唾液分泌,消化管分泌が減少する結果,咳,死前喘鳴,嘔気が減少し,口腔や咽頭の分泌液吸引の回数を減少させる.
  • 尿量が減少する.失禁も減り,尿道カテーテル留置の頻度が減る.
  • 浮腫や腹水が減少し,その随伴症状が緩和する.

 また,幾つかの研究では口内乾燥と水分摂取量との間には相関がないことを示唆している.口内乾燥は細心な口腔ケアと少量の,たとえば1〜2mlの水を注射器などで30〜60分ごとに口腔内に注意深く注入する方法で緩和する.小さな氷片をふくませることも有益である.[文献5]

 終末期がん患者の輸液療法に関するガイドライン2013年度版では,生命予後が1〜2週間と考えられる,消化管閉塞以外の原因(悪液質や全身衰弱など)のために経口的に十分な水分摂取ができず,performance status(PS)が3〜4の終末期がん患者に対して,総合的QOL指標の改善を目的として,

1, 1000ml/日を超える中カロリー輸液(10%以下の糖質濃度の維持輸液)は行わないことを推奨する

2, 高カロリー輸液を行わないことを推奨する.

3, 患者・家族の意向を確認し,輸液を行わないことを推奨する.

 (いずれも,強い推奨, とても低いエビデンスレベル)

との記載がある.[文献6]

 しかしながら,水分補給については色々な意見があり,エビデンスレベルがとても低いということは臨床医,患者,親族,地域での実践法の間に差があることを反映しているのかもしれない.患者・家族は経口摂取量が低下することで体力の低下を懸念し,死を身近に感じるため,苦悩する.また,輸液の減量・中止に際しては「輸液を中止すると死期を早める」と考える患者・家族が多く,強い不安を与える可能性がある. 輸液により体液貯留症状の出現や増悪が予想される場合には,輸液療法のメリット・デメリットについて早期から情報提供を行い,患者・家族の意向をふまえつつ,患者の苦痛に焦点を当てた話し合いを継続して行うことが望ましい. 患者,家族が抱える苦悩を受け止め,医療者も共に悩みながら支援を継続してゆく姿勢を示すことが重要と考える.

  • 輸液の方法

 輸液療法には,静脈点滴(末梢静脈,中心静脈)と皮下点滴がある(表1).中心静脈からの輸液に関しては本稿では省略させていただく.

 皮下輸液は1cm程度つまめるような皮下脂肪がる胸部や腹部の皮下にプラスチック製留置針または翼状針を留置し等張液(生理食塩水, 1号液,3号液,5%ブドウ糖液)などを投与する. 浸透圧が高い輸液,アミノ酸含有の輸液, 皮膚刺激性が高い薬剤は皮下点滴投与を行ってはならない. おおよそ,20-40ml/時の投与速度で開始し,不快感や痛み,吸収の程度をみながら速度の調整を行う.1日の投与総量は500〜1500ml/時までとする.穿刺部の発赤や痛みなどに注意し,4〜7日ごとにカニューレや針を交換することが望ましい.[文献2]

表1

輸液の投与経路 利点 欠点
末梢静脈 ・比較的簡便に施行できる. ・投与できる薬剤の種類が多い. ・頻回の穿刺が必要となる. ・状態の悪化に伴い,投与経路の確保が困難となる.
皮下 ・投与経路の確保がより容易 ・感染症などの重篤な合併症が少なく,偶発的に抜去された場合の出血も少ない. ・投与量に制限がある(1日500〜1500ml) ・急速な輸液には適さない. ・投与できる製剤,薬剤に制限がある        (基本的に等張液を投与)
  • 家族への説明,多職種連携について

私が患者さん,家族へ説明を行う際に気をつけているポイントをいくつか挙げたい.

・患者の苦しみに焦点を当てた話し合いを行うこと

 死を前にした患者は,さまざまな苦しみを抱えている.苦しみは,患者の希望と現実の間に開きがあることで生じ,医療的に解決できるもの,解決できないものがある.患者の苦しみをキャッチし,心の支えとなるものを見出させ,患者が穏やかになるための援助をその都度考える必要がある.

・今後,予測される経過について説明し,輸液療法の効果・限界について繰り返し情報提供する.

 人生の最終段階では,徐々に活動範囲は制限され,傾眠傾向となる.それに伴い食欲は低下し,水分摂取もできなくなり,最後は一口の水を飲むことすら困難となる.体の状態は日々変化してゆくが,「体の声」に合ったケアが施されていれば,患者は穏やかに過ごすことができる. 筆者は「食事・水分が摂取できなくなるのではなく,体が自然と必要としなくなってきています」と説明している.

・家族の不安・希望などを尊重すること

 家族は患者に最も近い援助者であることが多く,終末期の患者の衰えを目の当たりにすることになる. 食べられない患者を目の前にし,死を身近に感じて苦悩することになる.そして,「患者が元気になるために家族である自分達に少しでもできることがないか」と思うことはごく自然のことである. 家で徐々に弱ってゆく患者を見ている家族の苦しみを受け止める必要がある.

 患者,家族が輸液によって何らかの精神的な苦しみが緩和され,穏やかな気持ちを取り戻せるのであれば,少量の輸液は容認されると考えている.

・重要な患者,家族との話し合いは,必ず訪問看護を始めとする多職種で行うこと

 輸液に関わらず,今後のケアの方針や在宅での生活について,折々でカンファレンスを設け,多職種で情報共有を行う必要がある. カンファレンスでは,医師は現在の病状,予後,今後起こり得ることなどについて説明するが,医師は決して話しすぎてはならない.

 大切なことは,患者,家族の不安,苦しみをできる限り表出してもらい,それを医療者や家族同士で共有することである.訪問看護師は医師よりも患者に近い存在である.それが故に患者や家族の苦悩をより身近で強く感じている.看護師からは,輸液は効果が乏しいと分かりつつも,患者・家族に近い立場から「少量の輸液開始もご検討ください」と提案されるかもしれない.   

 看護師の長年の経験・勘は医師のevidence based medicineよりも患者に恩恵をもたらすことがあるかもしれない. 私たちは病院から出て,地域の中で医療を行う以上,地域で働く人々の目線に立って考え,彼らから学ぼうとする姿勢が大切である.いずれにせよ,多職種,家族間での情報共有は小まめに,そしてタイムリーに行われるべきである.

4) 終わりに

 冒頭で提示した設問に対する筆者なりの答えと症例の経過を報告する.

 ご家族は訪問看護師に対して心配そうに尋ねられた.

「食事を摂れなくなってからどんどん体が弱ってきているように見えます.家で自分たちが食事や水分を与えようとしても受けつけようとしないのです.このまま目の前で衰弱してゆくのを見ているのはとても辛いです.訪問診療の先生に点滴をお願いできないでしょうか?」

Q あなたが在宅主治医であれば,この問いに対してどのように答えますか?  

A 医師とご家族との会話

訪問診療時に看護師・ケアマネその他の職種が集まり,患者の家族と共に家族カンファレンスを行った.

医師「食事が摂れずに弱っていくのをそばで見守るのはとても辛いことですよね.ただ,点滴をしてAさんの命を永らえることができるならいいのですが、医学的にはその効果は明らかになっていません.その理由は体が自然と水分を必要としなくなっているからだと思います.点滴を行うとむくみや痰が増えて苦痛が増すかもしれませんし,点滴をつなぐことでAさんの自由が制限され,気持ちが落ち着かなくかもしれません.」

ご家族「そうなのですね.水分が取れず口が乾燥しているのが見ていてとても辛いとですが,それでも点滴は必要ないのでしょうか」

医師「ご心配はご尤もと思います.この症状は点滴では改善しないことが多いので,点滴以外の方法を取りたいと思います.次の訪問時に歯科衛生士に同行してもらい,口の中のケアをお願いしましょう.ご家族でもできるかもしれませんよ.」

 訪問診療時に歯科衛生士に同行してもらい口腔ケア,保湿剤の塗布を行い,家族にも口腔ケアの方法を指導した. 口腔内を湿潤で清潔な状態に保つこととで,ご家族は少し安堵された様子であった.

 結核の治療歴があり,ステロイド内服中のため,念のため喀痰を持ち帰り,抗酸菌染色,培養を行ったが,結核菌は検出されなかった.

 カンファレンスから2週間後,患者は多くの家族に見守られながら,自宅で静かに旅立たれた.

文献

  1. Lynn J. Perspectives on care at the close of life. Serving patients who may die soon and their families : the role of hospice and other services. JAMA 285: 952-932.2001.

2 .森田達也,木澤義之,西智弘 他. 緩和ケアレジデントマニュアル第1版.医学 書院. 128-144.2016

  1. Eduardo Bruera, David Hui, Shalini Dalal et al.

3) Parenteral Hydration in Patients With Advanced Cancer:A Multicenter, Double-Blind, Placebo-Controlled Randomized Trial. Journal of Clinical Oncology 31: 111-118,2013

4) de Graeff A and Dean M. Palliative sedation therapy in the last weeks of life: a literature review and recommendations for standards Journal of Palliative Medicine.10: 770-780.2007.

5) Robert Twycross, Andrew Wilcock, Claire Stark Toller. 武田文和 訳.がん患者の症状マネジメント 第2版.医学書院 445-446.2010

6)日本緩和医療学会 緩和医療ガイドライン委員会. 終末期がん患者の輸液療法に関するガイドライン2013年版.金原出版株式会社. 69-72.2013

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