病院在宅医の仕事 レスパイト

レスパイト入院の必要性について

私は病院で働く勤務医として病棟、外来、当直業務をこなしています。

私は病院業務の合間を縫って、人生の終末期を自宅で過ごしたい通院困難な患者さんの元へ訪問診療、往診をおこなっております。

 人生の終末期で解決困難な苦しみを抱え、路頭に迷っている患者さんを見ると、私の心が熱くなります。

 その人のために何か力になりたい、穏やかな最期を迎えさせてあげたいと、一人でメラメラ燃えています(笑)

 多くのお医者さんは終末期の患者の苦しみ、家族のケアについては足が遠のいてしまいます。

病院医師の多くは「医師は診断と治療に専念すれば良い」とナラティヴな分野は自分の仕事ではないと思っています。彼らは人生の終末期の患者さんに対して「自分には何もできない」という無力感を味わうのが怖くて、気持ちも足も遠のいてしまうのかもしれません。

 病院で働いていると、患者さんが地域でどのように暮らしているのか、どのような人生を歩んでいるのか、それに触れることはできません。

一度、在宅医療を経験すると、病院がどれほど特殊な世界なのか、地域で暮らす人がどれほど多様な人生を送っているのか(良い意味でも、別の意味で)一目瞭然なのです。

病院を船に例えるならば、地域社会は際限なく続く海の中のようです。

 私は医師の中でも少し変わった人種なのかもしれません。もちろん、治療して病気が良くなることは嬉しいです。しかし、たとえ治療が終わったとしてもその人の人生はこれからも続くのです。今までも、今も、そしてこれからも。私は患者さんと「人生の物語」を共に作ってゆけるような存在になりたいと考えています。私自身、まだまだ努力が足りないところは自覚しております。

 救急当直をしていたある日の夜のこと、

レジデント(研修医2年目)に昇格したばかりの夢と希望に溢れる医師から患者のコンサルトを受けました。

「89歳女性が腹痛、食欲不振で受診されました。この方は大腸がんによる腸閉塞で1ヶ月前に閉塞を解除するための手術を当院で受けられました。大腸がんは進行しており、腹膜播種もみられましたが、食事摂取良好なので退院となり、あとは近医のA医院でフォローされることとなり、外科のほうはsign offとなっています。」

 かかりつけのA医院は糖尿病専門で、生活習慣病の薬を出していますが、ガンの終末期の対応は慣れておらず、訪問診療も行っていません。患者さんはがんの進行に伴い痛みが強くなり食事もできなくなって衰弱しておられました。

進行した大腸ガンの高齢女性が手術を受けて一時的にご飯を食べられるようになったとはいえ、その後すぐに生活が立ち行かなくなり病院へ戻ってくることは容易に想像できたはずです。。。私は当院の終末期医療の現実を目の当たりにして、とても悔しい気持ちになりました。唯一の介護者である息子(独身)は途方に暮れた様子で下を向いています。

息子「母親の命がもう長くないのなら、家に連れて帰って私が母を看たいです。でも私一人ではどうすることも、、何か支援を相談できる人はいませんか?」

長野「息子さんはお母様を住み慣れたお家で、残された時間を過ごさせてあげたい。そのように思われるのですね。お母様はこのままおうちに帰っても、痛みがひどく、苦しい思いをされるかもしれません。入院して痛みを取りながら、家に帰るための準備を進めてゆくのはいかがでしょうか?」

息子「病院に入院したら、もう退院できなくなるのではないですか?」

長野 「一度入院したらお母様は退院できなくなるのではないか、そうお考えなのですね。入院後、ただちにソーシャルワーカーと連携し、家で安心して過ごしていただけるサービスを導入します。また、私と訪問看護師で訪問診療を行い、お家での暮らしを支えてゆきたいと思います。なるべく早めにカンファレンスを開けるよう準備を進めましょうね。」

どのような事情があっても、病院に来た患者は断らず、入院が必要なら受け入れる。私の働いている病院はこの点においては間違いなく全国一、仕事がしやすい病院と言えるでしょう。

終末期の患者さんの生活が立ち行かない時、家族の介護負担が強い時、症状コントロールが必要な時、積極的な医療の適応がなくても入院ベッドを確保して患者受け入れることを「レスパイト入院」と呼びます。

レスパイト入院では以下のことに注意しながら診療を行います。

・なるべく短期間で地域に戻れるよう、入院と同時に「医療相談」をオーダーし、ソーシャルワーカーと情報を共有し、支援を始める。

・在宅療養を妨げる、身体的苦痛をなるべく緩和する(痛み、呼吸困難など)。

・家族、MSW、訪問看護、ケアマネージャーなど病院スタッフと地域で働くスタッフを交えたカンファレンスを入院から1週間以内には開催できるようセッティングする。

私はタイムリーにカンファレンスを開いて、そこで患者の情報を正しく共有し、家族、多職種の心を一つにすることこそ、在宅医療が成功する重要ポイントであると考えております。

病院で働く在宅医「病院在宅医」である私の力が試されています。

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